マルチ・伊勢谷友介の原点。
服飾デザイナー志望だった
俳優としてブレイク中の伊勢谷友介(35)。映画監督としても、10年ぶりの監督2作目となる『セイジ―陸の魚―』が2月18日に公開された。この作品に懸ける伊勢谷の思いは強く、苦手なバラエティー番組にも数多く出演して、映画を宣伝した。そんななか、出演した『チューボーですよ!』(TBS系)では、こんな発言を…。
「腹違いの兄が山本寛斎なんです」
伊勢谷の仰天告白に、思わず司会の堺正章(65才)も、
「えぇー? 本当ですか?」
と声をあげたほどだった。33才と親子ほど年が離れた世界的デザイナー・山本寛斎(68才)と兄弟というから堺ならずとも驚いたはず。
ふたりの父親は紳士服のテーラーで、技術コンテストで入賞するほどの腕前だった。一方で、女性にかなりもてた人物でもあり、結婚、離婚を何度も繰り返したという。寛斎が生まれた後、33年が経ち、当時の妻との間に誕生したのが伊勢谷というわけだ。しかし、彼が3才のとき、両親は離婚。そのため、伊勢谷は女手ひとつで育てられた。
幼いころの父との思い出はほとんどなく、数少ない思い出として、小学生時代、遠足にやってきて勝手に写真を撮りまくっていた父に対して「やめてください」と怒ったことがあったという。
芸大入学当初、映画監督ではなく服飾デザイナー志望だったという伊勢谷は、かつてその理由についてこんなことを語っていた。
<本人がどういう人なのか、よく知らなかったけど、兄の寛斎さんがデザイナーということには影響されてた気はします>
「寛斎さんも伊勢谷さんの才能を見込んで自分のイベントでディレクションを担当させたこともあったようです」(ファッション関係者)
※女性セブン2012年3月8日号
(ポストNEWSセブン)
俳優業、監督業に加えて、
リバースプロジェクトの代表としても、
大活躍の伊勢谷さん。
日々、その動向はツイッターに反映されていて、
どんどんリツイートやリプライもされているので、
そのエネルギーは枯渇することがないのか、
と驚嘆してしまいます。
山本寛斎さんと異母兄弟というのは知っていましたが、
お父様のエピソードは初めて知りました。
自由人だったんだなー。
その血は寛斎さんにも、伊勢谷さんにも、
とは違う分野で引き継がれているのかな、と思ったり。
寛斎さんの発言や伊勢谷さんのなさることには
触発されることが多いです。
伊勢谷さんはモデルとしてデビューなさったとき、
たしか、寛斎さんのショーにもご出演なさったのではないかと。
昔、寛斎さんのニット着てロンドンに行ったら、
むこうの友人たちにすごく羨ましがられたことを思い出しました。
遠い過去ですけどね^^
私にとっては寛斎さんは過去の憧憬、
伊勢谷さんが今の憧れ、です。
目を離せない天才的な表現者であり、偉人だなー、とも思います。