イッセイ尾形主演、宮沢りえ共演の、
まるで2人芝居のような、静かな映画を観た。
原作は村上春樹。監督市川隼。
声をなくした慟哭が静かに
画面に満ちるような終章・・、哀切で愛しい映画だ。
( 既出:2009-07-07 )
せつなさの一人称
映画≪トニー滝谷≫
(ナレーション:西島秀俊)
2009-07-07
トニー滝谷
「トニー滝谷」は村上春樹の短編集「レキシントンの幽霊」に
収められている短編小説である。(私は未読)
長編小説にどうしても興味を引き寄せられ、まだ手にしていない。
映画を観てからでも、決して色あせないだろうと思う。
いや、この映画を観たからこそ、村上春樹氏がどのように、この物語を
言葉に刻んだのか、逆旅を楽しみたいと思う。
「トニー滝谷」とは、村上春樹氏がハワイで見つけたTシャツに刻まれた
文字だったのだという。
そのTシャツを手にしたときからこの映画が始まったのだと思うと、
なんだかひととものとの出逢いが感慨深い。
監督は村上春樹氏より1歳年上の市川準氏。村上春樹氏の作品は
デビュー当時から読んできたのだという。
60年代後半の喧騒と挫折の日々を村上春樹氏の小説に同世代の人間は
各人の「喪失感」と「再生」を重ね合わせて読むのだろう。
監督の作品には「BU・SU」、「病院で死ぬということ」などがある。
主人公「トニー滝谷」にイッセイ尾形。
妻英子と、妻とよく似た女性ひさこの二役を
宮沢りえが演じている。
とても静かな小説のような映画。けっしてモノクロームではないのだけど、
どこかもの悲しいモノクロームの世界を思わせる。
重要な構成要素に西島秀俊のナレーション。優しくて静かで穏やか。
そして、主人公たちの想いが募るとナレーションにそれぞれの役の
声が重なってゆく。このなんとも言えない風情に溜息をつく。
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絵を生業としているトニー滝谷は、トロンボーン奏者の父と
母の間に生まれた。が、あっけなく母は亡くなってしまい、
トニー滝谷は孤独な幼少年期を送った。そしてずっと孤独である。
ある日、トニー滝谷の目の前に清楚な女性編集者が現れた。
トニー滝谷は生まれて初めて他者に関わりたいと思った。そして恋をした。
妻になった彼女は、洋服を着るために生まれてきたような女性だった。
美しい妻をトニー滝谷は愛した。いつかこの平穏が壊れて、
もとの孤独に戻ることになったらと、恐怖した。
妻はトニー滝谷のもとで、毎日、買い物にでかけた。洋服を
選んで、どんどんためていった。トニー滝谷は洋服のために
ひとつ部屋を作らなければならないほどだった。
妻は洋服を買うことに中毒になっているような自分をきちんと
わかっていた。改めようと思った。
買ったばかりの洋服を返品に行った。でもその戻り道、
信号待ちで、さっき返した洋服が彼女を苦しめた。
彼女はクルマの向きを逆にした、そして彼女は・・・・
事故で死んだ。
トニー滝谷は妻が残した夥しい服と、妻の死を受け入れがたかった。
そしてトニー滝谷は事務員を募集する。靴のサイズを指定して。
それは亡き妻の足のサイズ・・・。
事務員希望のひさこが現れる(宮沢りえの二役)。
トニー滝谷はひさこに採用の条件が一つあるという、
それは勤務時間中、妻の衣服を身につけてほしいと言うものだった。
夥しい量の洋服を見たひさこは・・・・。
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淡々とした映画なのです。
詩情にあふれ、
妻役の宮沢りえさんがとても愛らしく、
儚げであやうい・・そんな魅力にみちています。
こころをこめて書かれた水彩画のような清らかさ。
買い物にでかけることをいつも足元でみつめています。
とても素敵な、おしゃれな、
うきうきする女性のこころが立ち現れます。
英子の愛しさとあやうさと、トニー滝谷の孤独と。
きっとあなたも号泣する、
女性なら、
言葉にできない悲しみを
事務員募集でやってきたひさこと
分かち合えると思うのです。
美しすぎる音楽(坂本龍一)が
静謐な映画を味わい深く、もっと悲しくさせます。
この監督に「ノルウェイの森」を撮ってもらいたかったと、
そういう声も多いそうです。
なるほどな、と思います。
「ノルウェイの森」をご覧になる前に、
ぜひ、村上春樹さんの「喪失と再生」に触れてみられることを
お勧めしたいと思います。
西島秀俊さんのナレーションが美しいです。
孤独、そのことに似合う声。
そんなふうに言えるかどうか知りません。
でも、ご覧になればきっとそのことを感じていただけると思います。