2007-02-13
星野さんが亡くなったと聞いたとき、
なんて無防備なひとなんだろうと私は思った・・・
星野道夫さんがロシアでクマに襲われ、
急逝されたのは1996年のことだ。
まだ10年しかたっていない、
いやもう10年もたったのか・・・
と思いは二つに振れる。
私は藤原新也の写真が好きだ。
彼のアジアを旅する写真集と
現地の人を見据えるエッセイは
自分の息する場所とつながり、
変化し、脈々とその痕跡をとどめている。
私は落ち着き、あぐらをかいて
藤原新也の世界に身を投じる・・。
それはここちよい、弛緩できる時間だ。
ところが、
星野道夫の写真はちがう。
極北の、冬に閉ざされる世界においては
人間はまず備えることから始まる。
そこには弛緩することを許さない冬が待っている。
人間は決して動物のうえに君臨しているのではないことが
星野道夫の残したエッセイのなかに読み取ることができる
星野道夫「イニュニック(生命)」アラスカの原野を旅する(新潮文庫)
≪氷を抱いたベーリング海峡、112歳のインディアンの長老、
原野に横たわるカリブーの骨ー壮大な自然の移り変わりと、
生きることに必死な野生動物たちの姿、そしてそこに
暮らす人々との心の交流を綴る感動の書。
アラスカの写真に魅了され、ことばもわからぬ
その地に単身飛び込んだ著者は、やがて写真家となり、
美しい文章と写真を遺した。
アラスカの全てを愛した著者の生命の記録。≫
・・・・・裏表紙より
星野道夫の写真はアジアではない。
我々のなじんだ世界の輪郭はそこにはない。
残照に輝く湖のほとりを行くグリズリー、
真冬の夜空に舞うオーロラ、
雪道の長い旅を続けるカリブーの群れ・・・
そしてその地に住むひとびと・・・。
その地で星野はまず家を建てることからはじめる
そこにはゆきずりの旅行者ではない、
生活者の姿がある
アジアと地続きでない、なじみのない風景が、
動物たちの姿が胸をうつのは
その生活者としての、アラスカをとらえた視線のゆえなのだ
彼がいのちを落としたのはアラスカではなくロシアであったが
無防備であったはずがない
彼は極北の地を生きる、生活者だったのだ・・・
星野さんが亡くなったと聞いたとき、
なんて無防備なひとなんだろうと私は思った・・・
星野道夫さんがロシアでクマに襲われ、急逝されたのは1996年のことだ。
まだ10年しかたっていない、
いやもう10年もたったのか・・・
と思いは二つに振れる。
私は藤原新也の写真が好きだ。彼のアジアを旅する写真集と
現地の人を見据えるエッセイは
自分の息する場所とつながり、
変化し、脈々とその痕跡をとどめている。
私は落ち着き、あぐらをかいて
藤原新也の世界に身を投じる・・。
それはここちよい、弛緩できる時間だ。
ところが、星野道夫の写真はちがう。
極北の、冬に閉ざされる世界においては
人間はまず備えることから始まる。
そこには弛緩することを許さない冬が待っている。
人間は決して動物のうえに君臨しているのではないことが
星野道夫の残したエッセイのなかに読み取ることができる
星野道夫「イニュニック(生命)」アラスカの原野を旅する(新潮文庫)
≪氷を抱いたベーリング海峡、112歳のインディアンの長老、
原野に横たわるカリブーの骨ー壮大な自然の移り変わりと、
生きることに必死な野生動物たちの姿、そしてそこに
暮らす人々との心の交流を綴る感動の書。
アラスカの写真に魅了され、ことばもわからぬ
その地に単身飛び込んだ著者は、やがて写真家となり、
美しい文章と写真を遺した。
アラスカの全てを愛した著者の生命の記録。≫
・・・・・裏表紙より
星野道夫の写真はアジアではない。我々のなじんだ世界の輪郭はそこにはない。
残照に輝く湖のほとりを行くグリズリー、
真冬の夜空に舞うオーロラ、
雪道の長い旅を続けるカリブーの群れ・・・
そしてその地に住むひとびと・・・。
その地で星野はまず家を建てることからはじめるそこにはゆきずりの旅行者ではない、
生活者の姿がある
アジアと地続きでない、なじみのない風景が、
動物たちの姿が胸をうつのは
その生活者としての、アラスカをとらえた視線のゆえなのだ
彼がいのちを落としたのはアラスカではなくロシアであったが
無防備であったはずがない
彼は極北の地を生きる、生活者だったのだ・・・